大阪地方裁判所 平成2年(ワ)9110号 判決 1992年9月21日
原告
井上早苗
ほか三名
被告
應治守
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告井上早苗に対し、金二一八七万三二一四円並びにうち金一九八七万三二一四円に対する平成二年二月五日から及びうち金二〇〇万円に対する本判決確定の日の翌日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは各自、原告井上敦志、原告井上爲之及び原告井上朱美に対し、各金六八五万四六一一円並びにうち金六二五万四六一一円に対する平成二年二月五日から及びうち金六〇万円に対する本判決確定の日の翌日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 その判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
一 被告らは各自、原告井上早苗に対し、金五三九八万四〇八円並びにうち金五一九二万二九〇八円に対する平成二年二月五日から及びうち金二〇五万七五〇〇円に対する本判決確定の日の翌日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは各自、原告井上敦志、原告井上爲之及び原告井上朱美に対し、各金二二二一万四一六円並びにうち金二〇一五万二九一六円に対する平成二年二月五日から及びうち金二〇五万七五〇〇円に対する本判決確定の日の翌日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 平成二年二月四日午後一〇時四五分ころ
(二) 場所 大阪府富田林市大字甲田三三三番地先国道一七〇号線路上
(三) 加害車 被告應治守(以下「被告守」という。)が運転していた普通乗用自動車(泉五二ふ八八一四号、以下「加害車」という。)
(四) 被害者 井上靖介(以下「靖介」という。)
(五) 事故態様 加害車が右場所を北進中、道路を横断歩行中の靖介と衝突し、靖介は跳ね飛ばされた。
2 責任原因
(一) 被告守は、加害車を運転して前記場所を北進するに当たり、前方の安全に注意し、制限速度を守つて進行し、前方に横断歩行者があれば停止する等の注意義務があつたのにもかかわらず、これを怠り、運転未熟にもかかわらず、制限速度時速四〇キロメートルのところを時速一〇〇キロメートル以上の高速で進行し、衝突直前に至るまで横断中の靖介に気付かなかつたため、本件事故を惹起するに至つたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故による損害賠償責任を負う。
(二) 被告應治彦治(以下「被告彦治」という。)は、加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故による損害賠償責任を負う。
3 靖介の死亡
本件事故により、靖介は、頭部打撲、頭蓋骨骨折、左下腿骨骨折の傷害を負い、直ちに入院したが、平成二年二月五日、本件事故による脳挫傷のため、死亡した。
4 靖介の損害
(一) 逸失利益 一億八四二万四九六円
靖介は、本件事故当時五二歳の働き盛りであり、平成元年中に、フタバ給食株式会社の代表取締役として七七〇万円の、株式会社ユー・アイ・アカデミーの取締役として三六万円の、フタバエンタープライズ株式会社の代表取締役として三二万二五八〇円のそれぞれ給与所得を得、また、西部クリーニング店及び光屋うどん店を経営して、五二〇万八七〇五円及び五一万三六六二円のそれぞれ事業所得を得ていた。したがつて、六七歳までの一五年間さらに就労して、その間に一年当たり一四一〇万四九四七円の収入を得ることができたものというべきところ、本件事故により死亡したため、そのすべてを喪失することとなつたから、これによる逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息控除をして算出すると、次のとおりとなる。
(算式)14,104,947×(1-0.3)×10.981=108,420,496
(二) 慰謝料 二五〇〇万円
被告らは、本訴提起に至るまでの一〇か月間に、損害賠償を全く行なわないばかりか、満中陰後は原告らに全く連絡もせず、慰謝の言葉すら全くない。事故直後の被告らの応対の態度も極めて不誠実であつた。
5 原告らの損害
(一) 入院付添費 一万一〇〇〇円
前記の二日間の入院期間中、靖介は付添を要し、そのために一日当たり五五〇〇円を必要とした。この費用は、原告井上早苗(以下「原告早苗」という。)が負担した。
(二) 入院雑費 二六〇〇円
前記の二日間の入院期間中、靖介は一日当たり一三〇〇円の入院雑費を必要とした。この費用は、原告早苗が負担した。
(三) 葬儀費用 三九五万五六〇円
靖介の葬儀のため、原告早苗は、合計三九五万五六〇円のを支出をした。
靖介は生前、事業家として知り合いが多かつたのみならず、社会活動も積極的に行い、交友範囲も広かつたのであるから、右の程度の葬儀費用は常識的な範囲内の必要最小限の費用及びそれに関連する費用として相当なものというべきである。
(四) 弁護士費用 計八二三万円
本訴のため、原告らそれぞれにつき二〇五万七五〇〇円の弁護士費用相当損害金が生じた。
6 相続
原告早苗は、本件事故当時、靖介の妻であり、原告井上敦志(以下「原告敦志」という。)、原告井上爲之(以下「原告爲之」という。)及び原告井上朱美(以下「原告朱美」という。)はすべて靖介の子であつて(以下、以上三名を「原告子ら」ともいう。)、靖介の死亡に基づく相続により、本件事故による靖介の損害賠償請求権を、原告早苗が二分の一、原告子らが各六分の一ずつ承継取得した。
7 よつて、原告らは、自動車損害賠償責任保険から支払を受けた二五〇〇万三〇〇〇円を相続割合に応じて控除したうえ、被告ら各自に対し、損害賠償請求として、原告早苗は、金五三九八万四〇八円並びにうち弁護士費用相当分を除く金五一九二万二九〇八円に対する本件事故の翌日である平成二年二月五日から及びうち弁護士費用相当分二〇五万七五〇〇円に対する本件判決確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告子らは、各金二二二一万四一六円並びにうち弁護士費用相当分を除く金二〇一五万二九一六円に対する本件事故日の翌日である平成二年二月五日から及びうち弁護士費用相当分二〇五万七五〇〇円に対する本件判決確定の日の翌日から各支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、(二)は認めるが、(一)の事実は否認し、主張は争う。
本件事故時の加害車の速度は、時速七〇キロメートル程度であつた。
3(一) 同3ないし6の事実のうち、本件事故当時靖介が五二歳であつたこと及び被告らは満中陰後原告らに連絡することが全くなかつたことは認めるが、その余の事実はいずれも知らない。
(二) 靖介の平成元年中の所得として原告らが主張する金額は、本件事故後に作成された確定申告書によるものであつて、信用できない。そして、本件事故当時、靖介は、フタバ給食株式会社の代表取締役を退任していたのであるから、同社からの所得は逸失利益算出の基礎にはならないものというべきである。
また、靖介は、会社のオーナー社長であつたのであるから、所得のうち利益配分的部分を除いて逸失利益算定を行うべきである。
(三) 被告らは、満中陰までは何回となく原告方に謝罪に赴き、満中陰の後も現在まで週一回の割合で靖介の墓参りを継続し、本件事故現場への供花も行つている。満中陰後原告ら宅に赴かなかつたのは、原告らが被告らの訪問を望んでいないという感触を持つたためである。また、被告らは、葬儀費用の支払について原告らに申し出ており、香典として五万円を支払つている。
三 抗弁
1 過失相殺
本件事故現場は、交通量の多い国道であり、事故発生時は夜間であつた。
そして、本件事故発生時、本件事故現場付近には他に車はなく、視界を遮るものはなかつたのであるから、靖介は加害車の接近に十分気付き得たはずであるが、飲酒により注意力が低下していたためか、左側不注視のまま、漫然と車道に入り、斜め横断を始めて、センターラインを越えた辺りで加害車と衝突したものであるから、靖介の側にも三割程度の過失がある。
2 損益相殺
原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険から二五〇〇万三〇〇〇円の支払を受けたほか、靖介の治療費として、六二万九五七〇円が同保険から病院に直接支払われた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の主張は争う。
本件事故現場の道路は、国道とはいえ道幅が六メートルしかなく、付近には照明もない。かかる場所において、被告守は、加害車を時速一〇〇キロメートル以上の異常な高速度で進行させ、最も加速が付き歩行者にはその動向が予測できない状態で本件事故現場に至つたため、靖介にとつては、道路を横断し始める時にははるか向こうの小さな灯火にしか見えなかつた加害車が突如として眼の前に飛び込んできたという状況であつた。被告守は、前照灯下向きでは、二〇・七メートル手前に至らなければ歩行者に気付かない道路状況において、未だ人通りがあり横断者があり得る時間帯に、歩行者に気付いた時点では制動しても間に合わない速度で暴走したことからすれば、靖介には何らの過失もないものというべきである。
2 同2の事実は認める。
理由
一 事故の発生について
請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。
二 被告らの責任について
1 被告彦治の責任
請求原因2(責任原因)(二)については当事者間に争いがない。
よつて、被告彦治は、自賠法三条に基づき、本件事故による損害の賠償責任を負う。
2 被告守の責任
(一) 前記一記載の争いのない事実に加え、乙第二(以下、枝番号の表示は省略する。)及び第三号証、検甲第一ないし第六号証並びに原告敦志及び被告守各本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、市街地を南北に走る片側一車線の国道一七〇号線の北行き車線上であり、事故現場付近において同国道は直線に伸び、アスフアルト舗装が施され、路面は平坦であつた。一つの車線の幅は約三メートルで、見通しはよく、制限速度は時速四〇キロメートルとされていたほか、追越しのためのはみ出し禁止の規制が敷かれていた。
本件事故当時、本件事故現場付近の路面は、雨上がりでやや湿つていた。また、本件事故後の平成二年二月四日午後一一時一〇分から三〇分間にわたつて行われた実況見分時に、付近の交通量は、三分間に車両が六台通行したのみであつた。
また、本件事故現場の南側約二一〇メートル程離れた交差点と、北側三〇〇メートル程度離れた交差点には、横断歩道があるが、それよりも近くには横断歩道等はなかつた。そして、同国道の西側には歩道が設けられていた。
(2) 靖介は、同日午後一〇時一〇分ころ、同国道の東側の大阪府富田林市大字甲田三三三番地の一所在の焼肉屋「れんが園」に入り、食事をした。靖介は、その時一合程度の日本酒を飲んだ。そして、同日午後一〇時四五分ころ、同店を出た直後、同店の前を走る同国道を横断する途中に、同店とは反対側の北行き車線上で本件事故に遭遇した。
「れんが園」の店舗は、建物の一階の一部分を占めており、同店の北隣にはパーマ屋があり、南隣は空き家であつたが、そのさらに南には喫茶店があつた。各店舗の間口の幅は五メートル程度であつた。また、「れんが園」の同国道を隔てた反対側には、同店の駐車場があり、靖介は、自動車をそこに駐車していた。その位置は、「れんが園」と北隣のパーマ屋の境界の西側真正面辺りであつた。
なお、被告守は、本件事故時に靖介は斜め横断していた旨述べ、乙第二号証の一及び第三号証の五にも同趣旨の記載部分があつて、特に乙第二号証の一(実況見分調書)の現場見取図には、「れんが園」を出た靖介は、北西方向に進み、同じ向きのまま横断を開始し、「れんが園」の入つている建物の北縁(パーマ屋の北縁)の延長線からさらに二メートル程度北側の、北行き車線の中央付近において加害車と衝突した旨の記載がなされている。しかし、被告守の右観察は、高速運転時のものであつて必ずしも正確なものとは考えられず、また、靖介がまつすぐに駐車場の自車の方に向かわず、北西方向に進んで歩かねばならなかつた事情も窺われないから、右供述及び右記載部分はいずれも信用できない。
(3) 被告守は、友人宅で遊んだ後、加害車を運転して帰路に着き、途中から国道一七〇号線に入り、同国道を北上して本件事故現場手前に至つた。加害車の後方からは、一緒に遊んでいた他の友人の阪井及び刀根がそれぞれ運転する自動車二台が追走していた。
被告守は、本件事故現場の二一〇メートル程手前の交差点で、信号待ち停止をし、阪井らの自動車も加害車の後方に停止した。
信号から青になつた後、被告守は、加害車を発進加速し、阪井らも続いたが、加害車の速度は速く、阪井らの自動車から相当先行し、本件事故現場に至つた。当時、加害車の先を行く車両はなく、加害車の前照灯は下向きであつた。
被告守は、本件事故現場付近に至り、右側前方(道路東側)に店舗が並んでいることに気付いたが、そのまま進行を続け、「れんが園」のある建物の南縁(喫茶店の南側縁)の西方への延長線が北行き車線と交わる辺りから南側六メートル程の地点に進んだ辺りで、進路前方を右側から横断してくる靖介に気付いて急ブレーキをかけ、多少左にハンドルを切つたが、間に合わず、加害車前部バンバー付近を靖介に衝突させ、靖介をはね上げて、さらに加害車のフロントガラス部分に当てた。
加害車の前輪のスリップ痕は左右とも、「れんが園」のある建物の南縁(喫茶店の南側縁)の西方への延長線から北側に九メートル進んだ地点からともに印象が始まり、二六・四メートル伸びていた。また、左前輪のスリップ痕の印象が始まつたのは、同国道西側外側線から約八〇センチメートルの地点であつたが、終点は、同外側線から約一〇センチメートルの地点であつた。そして、加害車の前輪は、加害車が靖介と衝突した後停止した時には、スリップ痕の終点上にあつた。また、靖介は、停止した加害車の左前輪の左側付近に、頭部を北向きにして倒れていた。
加害車が本件事故のため停止した後、阪井らの自動車が本件事故現場を通過したが、その時には、阪井らは、加害車が停車していることには気付いたものの、被告守が事故を起こしたことには気付かないまま、本件事故現場を通り過ぎ、さらに三〇〇メートル程先に行つた場所で被告守を待つていたが、被告守が来ないので戻つて来て、始めて本件事故が起こつたことに気付いた。
また、本件事故の結果、加害車のフロントナンバープレートが曲損し、フロントパネル及びボンネットが凹損し、フロントガラスが破損した。
(4) 本件事故後の平成二年三月六日午後一〇時一〇分から同三四分まで、大阪府富田林警察署の警察官は本件事故に関する視認実験を行つた。その方法は、修理後の加害車を使い、前照灯を下向きにして、北向き車線上に停車させ、北側の道路中央線上に歩行者を立たせて、視認できる距離を計測するというもので、その際、被告守は、前方五〇メートルの歩行者を物体のようなものとして認識でき、さらに、二〇・七メートル手前に至つて歩行者として認識できた。
なお、この実験の際には、加害車を停車した位置は、「れんが園」のある建物の北縁(パーマ屋の北縁)の延長線上付近の同国道北行き車線上であつて、実験上の歩行者の立つた位置は、さらにその北側であつた。したがつて、実験が行われた場所は、本件事故現場よりは全体として北側にずれており、実験上の歩行者が立つた場所付近には店舗等の明かりもなく暗かつたが、本件事故現場付近には、同国道東側の店舗の照明等があるため、より明るい場所であつた。
(5) 本件事故直前の加害車の速度について、阪井は、少なくとも時速七〇キロメートルは出ていただろうと述べており、被告守は、警察に対しては、メーターを見ていないのでよくわからないが、時速六〇キロメートル以上は出ていた旨述べ、また、本人尋問の場において、いくら速度が出ていても時速八〇キロメートルくらいだつた旨述べている。
(二) 以上の事実によれば、靖介は、「れんが園」を出た後、駐車してある自車に向かい、右国道進行方向に対してほぼ垂直方向にむかつて、横断をしていたところ、少なくとも時速七〇キロメートル以上の速度で(原告らは、時速一〇〇キロメートル以上の速度であつた旨主張し、その根拠として甲第二二号証によつて、加害車に後続して走つていた阪井らが約二〇〇メートル走行する間に一〇〇メートル程引き離されたという仮定をもとに、加害車の推定速度の算定を行い、また、原告敦志はこれを補強する供述をしている。しかし、これらはあくまでも仮定をもとにした推測の域を出ず、加害車が時速一〇〇キロメートル以上の速度を出していたものと積極的に認めることはできない。ただし、靖介の受傷の程度、加害車の損傷の程度などからは、相当程度高速度であつたことは疑い得ないものというべきところ、右認定のとおり、被告守が靖介に気付いた地点からスリップ痕が印象され始める地点まで一五メートル以上の空走距離があること、スリップ痕が両前輪とも二六・四メートルの長さで印象されており同程度以上の制動距離が必要であつたものと推認されること、加害車の後続車を運転していた阪井は、少なくとも時速七〇キロメートルは出ていただろうと述べていること、加害車に後続して走つていた阪井らが被告守が事故を惹起させたことに気付かないほど加害車と阪井らの車両が引き離されたことなどからすると、少なくとも時速七〇キロメートル以上の速度はあつたものと推認される。)加害車を進行させてきた被告守が、靖介の二〇メートル程手前(乙第二号証の一〔本件事故現場の実況見分調書〕の現場見取図には、靖介が斜め横断をしていた旨記載されているため、被告守が靖介を発見した時の両者間の距離は二五・二メートルとされているが、右認定のとおり、靖介は道路に対してほぼ垂直に横断していたものと認めるべきであるから、同見取図の記載によりすれば、同見取図において靖介がいたとされる位置よりも、五メートル程度南側にずれた付近を靖介は歩いていたものと推認される。)に至り、横断中の靖介に気付いたものの、回避できずに本件事故に至つたものと推認される。
(三) 以上によれば、被告守は、何らかの物体が五〇メートル以上前方の道路上にあつても、注意していればそれを認識できる状況にあつたのであり、加害車を運転して市街地の道路を進行するに当たり、制限速度を守り、横断歩行者がないか前方左右をよく注意すべき注意義務があつたにもかかわらず、制限速度を時速にして三〇キロメートル以上も越える高速で、かつ、前方左右を注意しないまま進行した(なお、乙第三号証の五〔警察における被告守の供述調書〕には、被告守は前方の安全確認にのみ注意を奪われ、左右の安全確認を怠つた旨の記載があるが、以上認定の事実によれば、前方の安全確認についても不十分であつたものというべきである。)過失のため、本件事故を惹起せしめたものというべきである。
よつて、被告守は、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害の賠償責任を負う。
三 靖介の死亡
甲第一二及び第一三号証によれば、靖介は、本件事故により頭部打撲の傷害を負い、平成二年二月四日の本件事故後、直ちに近畿大学医学部附属病院に入院したが、同月五日、脳挫傷のため死亡したことが認められる。
四 靖介の損害
1 逸失利益 四九四七万八五一九円
(一) 甲第一二及び第一九号証並びに原告敦志本人尋問の結果によれば、靖介は、昭和一二年八月三一日生の健康な男子で、本件事故当時、フタバエンタープライズ株式会社の代表取締役、フタバ給食株式会社及び株式会社ユー・アイ・アカデミーの取締役であつたほか、西武クリーニング店及び光屋うどん店を経営していたことが認められる。
以上によれば、靖介は、本件事故に遭わなければ、さらに六七歳までの一五年間にわたり就労可能であり、その間に、少なくとも、平均して、当裁判所に顕著な事実である平成二年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子五〇歳ないし五四歳の平均賃金六四三万六九〇〇円程度の年収を得ることができたものと推認されるから、本件事故による逸失利益の本件事故当時の現価を、生活費として三割を控除し(靖介の年齢、家族構成その他の事情を考慮すると、生活費控除率は三割とするのが相当である。)、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、次のとおり四九四七万八五一九円となる。
(算式)6,436,900×(1-0.3)×10.981=49,478,519(小数点以下切り捨て)
(二) なお、原告らは、靖介は、平成元年中に、フタバ給食株式会社から七七〇万円の、株式会社ユー・アイ・アカデミーから三六万円の、フタバエンタープライズ株式会社から三二万二五八〇円のそれぞれ給与を得、また、西部クリーニング店及び光屋うどん店を経営して、五二〇万八七〇五円及び五一万三六六二円のそれぞれ事業所得を得ていたから、靖介の逸失利益算定の基礎はこれらの合計一四一〇万四九四七円とすべきである旨主張し、甲第九ないし第一一号証、第二〇及び第二一号証にはこれに沿う記載部分があり、また、原告敦志本人もこれに沿う趣旨の供述をしている。
しかし、さらに甲第九、第一七号証及び第一九ないし第二一号証並びに原告敦志本人尋問の結果によれば、次のとおりといわざるを得ない。
(1) フタバ給食株式会社からの七七〇万円は、靖介が代表取締役として得たものであり、靖介は、平成元年一一月二〇日に代表取締役を退任しており、以後は、以前と同程度の給与がもらえる蓋然性はない(原告敦志本人尋問調書五〇丁裏)ことが認められる。
したがつて、同金額を、靖介が将来得られたであろう収入の算定の基礎とすることはできない。
(2) 靖介は、株式会社ユー・アイ・アカデミーにおいては、非常勤の取締役であり、実際の経営は靖介の友人が行つていた(甲第二一号証二枚目)ことが認められる。これによれば、三六万円については、靖介の労働の対価というよりも、利益分配としての性質を有するものであつたというべきであり、逸失利益算定の基礎とすることはできない。
(3) フタバエンタープライズ株式会社は、西武クリーニング店及び光屋うどん店の営業をまとめて法人組織にしようとして、平成元年一二月二二日に設立されたものであるが、さらに不動産管理賃貸業も併せて行い、それによる家賃収入を得ており、また、将来の売上増加を予想して、それらからの収入あるいは予想収入部分を含めての代表取締役の年収が一二〇〇万円であり、これにより代表取締役であつた靖介の同日から同月三一日までの収入として算出したのが、甲第九号証に同社からの収入として記載されている右主張の三二万二五八〇円である(原告敦志本人尋問調書四七丁裏から同四九丁)ことが認められる。
とすれば、少なくとも、家賃収入部分については、靖介の労働の対価というよりは、不動産運用による利益分配の性質を有するものであるから、逸失利益算出の基礎から除外すべきものであるが、同部分がどの程度占めているのかについての証拠はなく、また、将来の売上増加が相当程度の蓋然性をもつて見込まれるのかについては全く不明であるから、右金額をもつて、逸失利益算定の基礎とすることはできない。
(4) 西武クリーニング店において、靖介は、クリーニング取次業を行い、昭和六三年の人件費(給料賃金)は三八二万九五〇〇円、所得は七七万四六二四円であつたと所得税青色申告がされており、平成元年の人件費(給料賃金)は一七二万三二〇〇円、所得は五二〇万八七〇五円であつたと所得税青色申告がされているが、昭和六三年に比べ、平成元年においては人件費が半分以下となつているのは、従業員が辞めたためであり、その代わりに、靖介の家族である原告らが交代で同店の営業を手伝つていたためであると原告らは説明する(原告敦志本人尋問四二丁表)。
とするならば、人件費の減少の度合いから考えても、原告らの寄与が相当程度あつたものと推認されるから、その部分については控除しなければ、靖介の逸失利益を算定するための資料としての収入額は得られないが、原告らの寄与の程度を認めるに足りる証拠は見当たらない。
(5) 光屋うどん店は、平成元年一一月二一日から営業を開始したことが認められる。
しかるに、甲第九号証(平成元年分の所得税の確定申告書)においては、通常このような飲食店が開業時に必要とするであろう什器設備等の経費について計上されておらず、原告ら主張のとおりの所得があつたものとはにわかに認め難い。また、この点はおくとしても、一か月と一〇日間程度の短期間の営業結果のみでは、将来的にも同程度の所得が上げられるものかは不明というべきである。
したがつて、原告ら主張の金額を基に、靖介の逸失利益を算出することはできない。
2 慰謝料 二〇〇〇万円
本件事故の態様、靖介の受傷部位、死亡に至る経過、年齢、家族構成その他弁論に現れた諸事情を総合考慮すれば、靖介の本件事故による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である(なお、原告らは、被告らの本件事故後の態度が不誠実であつた旨主張するが、全証拠に照らしても、交通事故の加害車及び被害車の間に見られがちな行き違いがあつたことは別論としても、特に慰謝料を増額しなければ信義誠実あるいは公平の観点から不相当であるといわなければならない程度に、被告らの態度が不誠実なものであつたとは認められない。)。
五 相続
甲第一二号証によれば、原告早苗は靖介の妻であり、原告子らはいずれも靖介の子であることが認められる。
したがつて、法定相続分に従い、以上認定の靖介の損害額合計六九四七万八五一九円のうち、二分の一に当たる三四七三万九二五九円(一円未満切り捨て、以下同じ。)についての損害賠償請求権を原告早苗が、それぞれ六分の一に当たる一一五七万九七五三円ずつについての損害賠償請求権を原告子らが、いずれも相続により承継取得した。
六 原告早苗の損害
1 治療費 六二万九五七〇円
弁論の全趣旨によれば、本件事故による靖介の治療費として六二万九五七〇円が必要であり、これを原告早苗が負担したものと認めることができる。
2 入院付添費
本件事故後の靖介の入院中、病院からの治療を受けるほかに、靖介が付添看護を必要としたことについての証拠はない。
3 入院雑費 二六〇〇円
以上の事実によれば、靖介の入院中、原告ら主張の程度の雑費が必要であつたものと推認され、弁論の全趣旨によれば、この費用は、原告早苗が負担したものと認めることができる。
4 葬儀費用 一三〇万円
甲第一及び第二号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告早苗は、靖介の葬儀を取り扱つた葬祭会社に二七八万八六一〇円を、寺院に対してお布施として七二万五〇〇〇円を支払つたことが認められ、これに加え、靖介の年齢、社会的地位及び地域社会における活動等弁論に現れた諸事情を考慮すると、本件事故による葬儀費用相当の損害として、原告早苗が被告らに対して賠償を求め得る金額は、一三〇万円とするのが相当でる。
六 過失相殺
以上の事実によれば、本件事故は、主には被告守の前記の過失によるものというべきである。
しかし、夜間の暗い状況においては、前照灯の照射範囲のみしか見えずに走行してくる車両の運転者よりも、前照灯の明かりによつて車両の接近を知ることかできる歩行者の方が相手方に気が付くのが早いのが一般的であるところ、以上の事実によれば、本件事故現場付近の道路は直線に伸び、南側から車両が走行してくることは、相当手前から前照灯の明かりによつて十分わかり得たものというべきであり(本件事故現場から南側方向に向けて夜間撮影した写真である検甲第四号証によれば、前照灯の明かりによつて、南側二一〇メートル程離れた交差点付近から、車両が進行してくることもわかるものと認められる。)、走行してくる車両の音の程度あるいは光の進み具合等から車両の速度等もある程度はわかり得たものと推認されるから、夜間、本件事故現場の国道を横断しようとした靖介としては、十分に左右の交通の安全を確かめ、横断を開始してからでも、道路状況を把握して、走行してくる車両があれば引き返す等して交通事故を避けるべきであつたが、十分に安全確認をすることなく横断を開始し、遅くとも横断開始後には加害車の接近がわかつたであろうにもかかわらず、道路中央線を越え、北行き車線中央付近で加害車と衝突している点からすれば、そのまま横断を続けた落ち度があつたものといわなければならない。(なお、靖介は、本件事故直前に飲酒した事実は認められるものの、それによつて、判断が鈍つたり、行動が緩慢になつたりしたことまでは認められない。)
そして、靖介の右落ち度と被告守の前記過失を対比し、靖介が、車両からはより保護されるべき歩行者であつたこと等の本件事故状況、その他以上の諸事情を総合考慮すると、靖介の側についても本件事故発生に関して、一割程度の過失があつたものとして過失相殺をするのが相当であり、原告ら独自の損害賠償請求においても、同様の過失相殺をするべきである。
したがつて、以上認定の原告早苗の損害額合計三六六七万一四二九円及び原告子らの損害額各一一五七万九七五三円からそれぞれ一割を控除すると、原告早苗については三三〇〇万四二八六円、原告子らについては各一〇四二万一七七七円がそれぞれ被告らに請求できる損害額となる。
七 損害の填補
本件事故に関し、原告らが自動車損害賠償責任保険から二五〇〇万三〇〇〇円の支払を受けたほか、靖介の治療費として、六二万九五七〇円が同保険から病院に直接支払われたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右金員のうち、二五〇〇万三〇〇〇円のうちの一二五〇万一五〇二円を原告早苗が、同じく各四一六万七一六六円を原告子らが、また、治療費分の六二万九五七〇円については、原告早苗が、それぞれ各自の損害の填補としたものと認めることができるから、前記の原告らの損害額合計からそれぞれ控除すると、原告早苗が被告らに対して賠償を求め得る残損害額は一九八七万三二一四円となり、原告子らのそれは各六二五万四六一一円となる。
八 弁護士費用
原告らが、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは本件訴訟上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額などに照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告早苗について二〇〇万円、原告子らについて各六〇万円とするのが相当である。
九 結論
以上の次第で、被告ら各自に対する本訴請求は、原告早苗が金二一八七万三二一四円並びにうち弁護士費用相当分を除く金一九八七万三二一四円に対する本件事故日の翌日である平成二年二月五日から及びうち弁護士費用相当分である金二〇〇万円に対する本判決確定の日の翌日からいずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告子らが各金六八五万四六一一円並びにうち弁護士費用相当分を除く金六二五万四六一一円に対する本件事故日の翌日である平成二年二月五日から及びうち弁護士費用相当分である金六〇万円に対する本判決確定の日の翌日からいずれも支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるから、これらをいずれも認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 林泰民 大沼洋一 小海隆則)